なぜサーチが必要なのですか?

前回の続きから
ウェブサイトはメディアサイトの役割を終え、コミュニケーションサイトになりました。そのためにウェブサイトが言葉を理解し返答するためにサーチエンジンが必要になります。

さて、ここに二人の人間がいるとします。二人とも同じくらいスマート(頭がよい)のですが、一人はしゃべることができません。この場合、聞く必要もない質問ですが、言葉が話せる人と、話せない人の場合、話せる人の方がいいでしょう。こんな当たり前のことは理解できるのに、ウェブサイトがユーザからの質問に答えられない、話すことができないということを認められないのはとても不思議です。現にたくさんのサイトが話ができるのにです。



言葉がどれほどの力を持っているかという例をあげます。みなさんは英語は話せますか。義務教育で6年、大学を入れると10年英語を勉強するわけですが日本
人のほとんどの人が英語を話せません。ある意味英語コンプレックスですよね。英語を話せない人が外国人の会議やパーティーに参加するとけっこう悲惨です。
ましてや他の日本人が英語を話せるとしたら肩身の狭い思いをします。日本人の多くが英語が話せたらいいな〜と思って話せないのは大きな理由があります。



僕が経験上思うに、英語教育も最悪ですが、話せない人のほとんど話そうとすることより、そもそも聞くことができないです。ものすごく当たり前の話ですが英語を聞いて理解できなければ、話すことはできません。話すことよりもまず聞くことを訓練しなければなりません。



さて、今のウェブサイトはどうでしょうか。多くのウェブサイトはかなり投資して立派なサイトをデザインして提供します。ユーザに対して一方的に情報を発信
(おしゃべりし)することは得意ですが、ユーザの声を聞こうとしません。これが今日、サーチエンジンを持っていないウェブサイトの現実です。



サーチエンジンは質問に答える口ではなく、耳の役割を果たしています。耳がいいから、話を理解することができるから正確に話すことができるのです。すなわちユーザのほしい情報だけを発信することができるようになるのです。



ここまで説明してもサーチエンジンの有効性や本質を理解できない人もいるでしょう。次はじゃあ、サーチエンジンを導入する費用対効果はどうなんだ、という話になってしまいます。



これはまるで英語を話せない人が、会議やパーティーの輪に入れなくて、英語がわからなくても日本で生活してる限り不便はないし、旅行程度の英語なら話せるから大丈夫。今更英語学校に行って話せるようになったところでどんなメリットがあるんだ、と言ってるようなものです。



もしあなたが耳の聞こえない人間だとして、もし耳が聞こえるようになるという治療法があった場合いくらまでなら出せますか。その時耳が治った後の費用対効
果を考えるでしょうか。ウェブサイトにサーチエンジンなど必要ないと思っている人は、耳が聞こえないというこを知らないのと同じです。もしくは身の回りの
ほとんどのウェブサイト(人)も耳が聞こえないからまあ、別にいいや、という風にしか思っていないのだと思います。一体いつになったらウェブサイトに耳が
ないことに気づくのでしょうか。一体いつになったらユーザの問いかけにとんちんかんな答えを返していることに気づくのでしょうか。



Google、それはだれよりも聞く耳を持っているロボットです。24時間365日休むことなくあなたの質問に耳を傾けてくれます。世界一の聞き上手ということです。



「なぜウェブサイトにサーチが必要なんですか?」

「なぜ人間に耳が必要なんですか?」





SBI Robo 渡部薫