田坂広志 「風の便り」 ふたたび  第45便   「師の一言」によって訪れるもの

 「師の一言」によって訪れるもの



 学生時代、スキーを習っていたときのことです。

 急な斜面の滑り方を覚えるために、
 若手のコーチについて教わっていたのですが、
 なかなか滑れるようになりませんでした。

 エッジの利かせ方、膝の屈伸、体重の抜重、
 前傾姿勢、そして、ストックの使い方。
 そうしたテクニックについて、その若手コーチは、
 一つひとつ懇切丁寧に教えてくれます。

 そして、それぞれのテクニックについては、
 何度も練習し、身につけたはずなのですが、
 急な斜面を滑ってみると、うまく滑れないのです。

 そうして悪戦苦闘していると、
 それを見ていた年配のコーチが、
 一言、アドバイスをくれました。

  君は、斜面を怖がっている。
  転ぶことを恐れずに、
  斜面に飛び込んでみなさい。


 この言葉を聞いて、腹を括り、
 思い切って、斜面に向かって飛び込みました。

 その瞬間、驚いたことに、
 それまで身につけてきたテクニックが一つになり、
 全身が自然に動いて、滑れるようになったのです。


 この経験から、大切なことを学びました。


  高度な技術を習得するとき、
  身につけた一つひとつのテクニックが、
  まさに「全体性」を獲得する瞬間がある。

  そして、その瞬間は、
  ときに「師の一言」によって訪れる。


 そのことを学んだのです。


 2002年9月5日
 田坂広志


=======================================================
 「風の対話」 日本人の労働観とプロフェッショナリズム
=======================================================


 今週は、新シリーズ
 「21世紀のリーダーが身につけるべき労働観」の第3回、

  日本人の労働観とプロフェッショナリズム

 をテーマとして話します。
 
 日本人の労働観には、「働く」(はたらく)の意味を
 「傍」(はた)を「楽」(らく)にすることと解する
 深みある思想が宿っています。

 日本では、多くの人々が、
 ごく自然に「世のため、人のため」という言葉を口にし、
 年を取っても、「世の中のお役に立ちたい」との気持ちを
 抱いています。

 しかし、こうした優れた思想の一方で、
 日本人の労働観には、
 「傍を楽にする」のではなく、
 「皆で楽になる」というぬるま湯文化が忍び込む
 落とし穴が潜んでいます。
 
 それを象徴するのが、
 最近、我が国の仕事の現場で目につく
 「アマチュア的な甘え」の蔓延です。

 本来、高度な「プロフェッショナルの腕」が求められる場面で
 平然と「アマチュア水準の仕事」が行われている。

 そこに、我が国の労働の現場が抱えている
 一つの重要な問題があります。

 この第3回では、その問題について話します。

 この番組をお聴きになりたい方は、
 下記のサイトをご覧ください。
 http://www.hiroshitasaka.jp/taiwa/kaze.php